□ 決 勝 戦
 壇上では決勝進出の3選手へのインタビューが行われていた。慣れた様子でそれに応える選手の言葉に集中する観客、携帯電話でこの頂上決戦組み合わせを仲間に興奮気味に伝える観客、誰もが注目する当代最強と思われる3選手の戦いに会場も徐々に熱を帯びてきた。決勝は昨年に引き続き谷口エリアで行われた。但し昨年よりも各エリア上下の距離を大幅に縮めたエリア設定になった。大会運営者の事前告知を聞いていた釣り客たちもいったん竿を置いてその対決に注目する。人気ポイントにぽっかりと空いた空間が最高の舞台となって3選手を待つ。

 決勝はA、B、Cの3ブロックを各40分、インターバルを5分で戦う。予選順にどのブロックからスタートするかを選択できる。但しAを選択するとその後はB、Cとなる。上流からAなので、移動が楽、全体を見渡し易いこと、また見た目にもAは変化が多く攻めやすそうなことから高橋選手も当然Aを選択した。予選2位の島選手はBではなく最下流のCを選択した。ここは下見をしていなかったが、決勝進出が決まりエリアを見渡すと、Bは右岸から左岸まで流れがフラットで見えない底の変化を探りながらの釣りを強いられる。養殖おとりでそれを行うより、右岸よりに流れの変化が見て取れるCの方が攻めやすい、また垢付きも右岸側が全体に良いこともその場で見て判断していた。そしてこの読みが的中する。残されたBに小澤選手が入る。

 今大会では選手は右岸川から入川した。位置取りは高橋選手は川中央のテトラが頭を出す変化の多い場所に立った。Bの小澤選手は川幅3分の1ほど、水深が股下程度のところまで立ち込んでいる。島選手は下限近くの右岸に流れるザラ瀬を右岸向きに狙う位置でスタートを待つ。九頭竜の川面にエアホーンが響き渡り決勝戦が始まった。


この3人が頂点を懸けて戦うことになった。トーナメンター、メディアはもちろん、一般の釣り客、各メーカーも注目し興奮する初めての組み合わせとなった。


惜しくも決勝進出を果たせなかった選手たちも観客側に回り、決戦に注目する。そして誰もが今ここで注目される側に立ちたかったと新たな決意を抱く。


笑顔が似合う井川選手。新たな思いを抱きながら決勝を観戦した一人だろう




決勝スタート時のポジション取りは、島選手が下流Cブロック下限近くの右岸を攻める。Bブロックの小澤選手はエリア上限で右岸から3分の1ほど立ち込んで平瀬を探る。ここで反応を得て粘るが。


小澤選手が最初に入ったBブロックはご覧のように変化が少ないフラットに見える流れだ。反応はあるが思うように掛からず時間を使ってしまう。


高橋選手はAブロック上限(赤い旗)付近の中央にあるテトラ周りの変化から探り出した。


多くの観客が決勝の行方に注目する。


 左岸側に並ぶ観客に唯一背を向けて釣っていた島選手が思惑通りに1匹目を掛ける。次いで高橋選手の竿も曲がる。小澤選手がやや出遅れた感じだった。少し動きながら反応を感じ1匹目を掛けるが、次に手間取る。反応があるのに掛からずその場所に固執してしまう。その後沖へ出だしてからは順調に掛けていたので、このロスが悔やまれる。島選手は大きく移動することなく順調に竿を曲げている。高橋選手も追従するが掛かる鮎が意外に小さく、流れも緩いため攻めにくそうな印象を受ける。徐々に下がりながら沖へ出てより流れの強いところに潜む良型鮎を掛けに行く。40分はあっという間に過ぎる。島選手が8匹、高橋選手がそれに続いているか。小澤選手は5匹程度か。川幅が広く3選手共に正確な釣果を判断しにくい状況だった。


予選から変わらぬタックル、スタイルで決勝に挑む高橋選手。ただこのエリアは川幅が広く深く強い流れは一部にしかなかった。掛かる鮎も小型が混じり、やや攻めにくそうに見えた。

 中盤戦に入り高橋選手はそのままBに下ってくる。いよいよ流芯攻めだ。小澤選手はやや下がりながらCへ。島選手は下限近くから一気に上限までの移動だ。Aエリアの右岸側には一般の釣り人が居たため途中から川の中を登るしかなかった。高橋選手が開始した位置近くにたどり着いた時にはすでにインターバルの5分は過ぎ中盤戦がスタートしていた。高橋選手の背中を見ながらの釣りになる。各選手とも他選手の釣果は分からない。ひたすら自分の釣りを全うするしかない。
 中盤戦は一進一退の攻防が続き皆が釣果を伸ばすものの追いつき追い越すことができない結果だった。A、Bエリアの右岸よりの浅く広いエリアも数が出そうに見えたが、3選手ともそこには目もくれず強い流れのなかに勝機を見出そうとしていた。中盤戦も終わり最後の40分に突入する。観客も正確なスコアが分からない。島選手がわずかに高橋選手をリード、小澤選手がやや置いて行かれたか。


予選リーグで見せたスピード感は無いものの、スタートでリードした島選手にピッタリと追従していく。



中盤に入り島選手の視界には高橋選手が入ってくる。高橋選手は左岸側に移動し徐々に流芯へ入って行く。島選手は右岸側も視野に入れていたが、一般釣り人が居たため中央へ立ち込む。


BからCへそのまま下がった小澤選手が掛け追い上げを図るが、高橋選手も掛けその差は詰まらない。


下流に小澤選手、上流に島選手、高橋選手は他の選手にその存在を意識させてしまう見えない力がある。


広い川幅故、3選手の確実なスコアが掴めず、それが却って観戦者の興奮を増幅させる。


今大会では決勝の模様を松田選手とシマノの鮎竿開発担当者、岩成氏が実況解説していた。


島選手の視界のなかで釣果を上げて行く高橋選手。決勝でも華麗な九頭竜返しが決まる。


ダイワマスターズ、シマノジャパンカップと孤高の戦いを続ける高橋選手。プロとしてのプライドは譲れない。

 後半戦は高橋選手が左岸側に渡り、燈籠流し用に造られた中州付近から流芯を攻める。島選手も左岸寄りの流芯狙いに的を絞る。小澤選手はAエリアで高橋、島選手が探っていないテトラの右岸側の流れを探る。予選リーグで結果が出ていた流芯にきっちりおとりを入れる高橋選手だったが、思うように反応が出ない。中州近くの流れは深く強く沖へは出にくい。中州を上下し反応を探る。中州の茂みが邪魔をし様子がうかがえない。はたして掛けられたのか。島選手も狙った左岸側の流芯に届かない。思いのほか流れが強く底石も細かく留まることができない。ここにきて中途半端な攻めになってしまう。攻めあぐむ2人に対して得意のザラ瀬で反応を得た小澤選手が猛追を開始する。入れ掛かりで注目を集めるがバレが多い。空中でポロリなど遠目で見て分かるだけでも3匹はバラしていた。最後は中州際で高橋選手が2匹連続して掛けたところで長い戦いが終わった。島選手が逃げ切ったか。高橋選手が逆転したか。小澤選手がどこまで迫ったのか。結果が分からないまま検量を待つことになる。


後半戦に入り、小澤選手がCブロックからやっとAブロックまでたどり着いた時にはすでに島選手がここでの1匹目を掛け、小澤選手の視界に入る。


その小澤選手にもすぐに掛かるが、タモの手前で針から外れる。タモは掛かり鮎を追ったが小澤選手が見つめるタモには入っていなかった。


後半戦でBブロックの左岸側流芯に狙いを定める島選手だったが、川底が小さい石が多く踏ん張れない。上流側の手が竿から離れている。バランスを取るためだ。この状態ではまだおとりに集中できていない。左岸中州ギリギリを狙いたいが届かない。広く開いた右岸へ展開することもできたが、限界の立ち込みで届く範囲を探る。やや中途半端な攻めとなりここにきてペースを落とす。


高橋選手も予想していた流れと違うCブロックを攻めあぐねていた。立っている場所から少し沖へ出るとそこはもう立てない流れだった。狭い上下を探るしか攻め手がない。


島選手もギリギリの攻防が続く。前に出れば徐々に流される。仕方なく後ろへ下がりながら探って行った。



残り15分、人工の中州に仁王立ちする高橋選手。燈籠流しの分流にも可能性を探すが、もう一度九頭竜の流芯を探る選択をした。



小澤選手もザラ瀬で連発して猛烈な追い上げを図っていたが、最後5分で高橋選手が流芯から2匹を引きずり出したところで2日間終了のホーンが鳴った。

 ざわめく会場に3選手が揃う。予選結果に基づき小澤選手が最初に壇上に上がり引き船を開ける。結果は14匹、続いて島選手、17匹、最後の高橋選手の検量に皆が注視する。検量は1匹づつ高く掲げられカウントコールされる。14、15、16、コールはそこで終わり17匹目が掲げられることは無かった。ざわめきがどよめきに変わりすぐさま3選手の健闘と島選手の祝福の拍手が沸き起こった。第30回ジャパンカップの栄誉を見事島選手が勝ち得た瞬間だった。


島選手の集大成がカウントされる。この時点で誰が勝ったのか知る者はいなかった。



島選手のカウントは17匹で止まった。最後に掛けた2匹で追いついたか?或いは逆転したのか。14、15、16匹、高橋選手のカウントコールはここで終わった。

 島選手は1999年の第15回大会から2010年、2011年の2大会を除くすべてのファイナルに出場している。そして2005年、2006年の第21回、22回熊野川で連続優勝して以来8年ぶりの頂点となった。皆の祝福が一段落し、表彰を待つ一時の静けさの中で見せた感無量の表情は、この7年間、勝利を重ねる小澤剛選手や、その兄聡さん、台頭著しい三嶋選手の活躍を間近で見ながら自分が勝てないもどかしさや悔しさもあえて糧とし、常に真面目に技術の向上に努めてきた苦労が報われたことの表れだろう。各メーカーのインストラクターやテスターと言われる名手たちは非常に華やかでトナメンターの憧れだが、ゆえに様々なプレッシャーや気苦労も絶えない。そんな中で並々ならぬ努力を積み重ねることでその立場を維持しているのだ。8年ぶり3回目のこの勝利は島選手にとって真に感慨深いものだった。心からおめでとう、と言いたい。
 またその島選手の隣で遠くをまっすぐに見つめる高橋選手。どの大会でも結果がどうあれ終われば次を見据えている。高橋選手からはああしておけば良かった、こうすれば良かったという言葉を聞いたことがない。結果は結果として素直に受け入れ、次に九頭竜川の鮎と向き合うときにはこうしてやろう、と前向きに考える。それが強さの原動力なのでは、と感じた大会だった。
 対して小澤選手は、精根尽き果て疲れ切った表情を見せる。決勝でも終盤チャンスがあっただけに悔しい思いはあるはずだが、そこに至れないほど疲れてているように見えた。悔しさは後から繰り返しやってくる。しかし考えてみればそれが原動力で今の強さを手に入れたのだ。この頂上決戦は3人をまた強くさせたことは間違いないだろう。


感慨深げにここまでの道のりとこの勝利を噛みしめる島選手、大会直後だけにしか見せない悔しさがにじみ出る高橋選手、勝てなかった悔しさと虚脱感に包まれる小澤選手、名手3人の思いが交錯するひと時だった。


表彰式に入り、やっと3人の笑顔が揃う。


島選手もここ数年で最高の笑顔ではないだろうか。


とことんまで自分を追い込んで戦う小澤選手が、その苦しさから解放されてやっと笑顔が出る。


「ジャパンカップ」に3度目の名を刻んだ瞬間だ。過去の2回よりも感慨深いものになっただろう。

 表彰式が始まると3選手とも明るい表情を取り戻した。いつもの笑顔でジャパンカップを高く掲げる島選手、それを祝福する高橋、小澤選手、会場全体に笑顔が広がり、参加選手、スタッフ、観客が共感した瞬間だった。シャンパンシャワーも終わり最後に高橋選手が少しだけ見せた悔しそうな顔が印象に残った。


至高の戦いを魅せてくれた3選手に感謝する。

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